平成-バス路線の廃止

五新線バス廃止


2002年2月4日、大手新聞社の地方紙に五新線バス路線廃止のニュースが報じられた。記事は、利用が低迷している赤字路線をJRでは5年ほど前から検討していたが今秋限りで廃止し、軌道跡を西吉野村へ無償提供することを述べている。記事には写真が入っており、大日川橋梁を五條方面へと向かっているJRバスが緑の山を背景にして映っていた。車幅の狭い専用道路をゆく姿はどことなく窮屈そうである。

ついにくるであろうときがきてしまったのか。記事に眼を通しながら、西吉野の集落が思い浮かべた。公共機関を利用して五條から城戸までゆくには2通りのルートがある。1つはJRバスの運行している城戸行き。これは五新線の廃線跡を通るものである。もう1つ、奈良交通も城戸までのバスを運行している。ただし城戸が終点ではなく、城戸を経由して南下する十津川温泉行きや、映画『萌の朱雀』の舞台となった平雄へむかう日裏行きなどとなっている。いずれにしても城戸までは国道168号線を利用するルートである。要は国道を使うか専用道路を使うかだ。

私はこのどちらの路線も実際に利用して城戸へと向かったことがあるが、どちらの線を利用したとしても時間的にも料金的にも大きな変化はない。国道については国を始めとして市町村が整備に多額の金を費やしていることがあからさまに感じ取れる。一方の五新線は放置されたままの路面であり、今まさに風化されつつある。記事によると「村民の多くも廃止はやむを得ないと考えている」という。

五新線のバス路線が廃止になった背景として、2002年2月1日、つまりわずか3日前に施行された道路運送法の改正があると考えている。それまで一般乗合旅客自動車が路線の新設・廃止をおこなうためには6ヶ月前に国土交通大臣に届け出て、認可されなければならなかった。しかし、改正法ではこれまでの認可制を廃止し、一定期間をもうけた事前許可制に変更されたのである。また路線バス事業への新規参入もこれと同様であり、免許制からやはり許可制へと変化した。参入や撤退については敷居が低くなり、また運賃についても規正が緩和されることから、事業者の判断によって利益の出る区間については参入がしやすく、また利益の出ない区間に関しては撤退も今まで以上に自由にできるようになったのである。

改正は乗合バス需要の減少や規制緩和の方針から市場原理を導入し、競争を促進させるという狙いが含まれている。とするならばJR西日本バスの阪本線五條─城戸間は、まさに市場原理によってはじき出されてしまったことを物語っている。これまで五新線の歴史を時代にそってそのつど調べてきたが、まさに平家物語のような栄枯盛衰である。鉄道黎明期には地域の資源輸送と産業の発展をうながす唯一の機会であった。しかしその後におとずれる乗用車の普及、トラック輸送、林業の陰り。大正にかけての盛り上がりは徐々に薄れ、平成となった今は市場原理という眼に見えない圧力に完全に飲み込まれてしまった。

数日後、今度は西吉野村が五新線の専用道路を使い、村営バスの運行を計画している記事がのった。JRからの打診を受けた村としても廃止の方向で考えてはいたようである。しかし「高齢者から専用道路を利用したバス運行を熱望する声が多く、村費によるバス運行案が急浮上した」。これに伴い、西吉野村では道路の補修工事をした後に村営バスをスタートさせると述べている。高齢者からの熱望によってバス運行を続けるというくだりに、私はその地に住む人びとの執念をまたしても感じとった。村は高齢者向けサービス事業の一環として位置付けており、この経路で利益を上げようとは微塵も思っていないことだろう。しかし、大正のころから続けられた鉄道敷設運動が行われたこの地で、五新線を踏みとどまらせようという方向に、眼に見えない何かが力を貸しているのではないかという疑念が何度も浮かぶのだった。

廃止間近のJRバス


2002年夏、五新線調査のために五條市を訪れた私はもう一度JRバスに乗りたいと思っていた。今秋に廃止となり、もうこれで阪本線に乗る機会もあるまいと思っていたからである。五條から乗り込んだ車内には県立五條病院で降りた老人と、ライトブルーでチェック柄の制服を着た若い女性は城戸町役場の職員であることが後でわかった。国道から専用道、そして残された踏切跡。何度も歩いて探索した記憶がよみがえってくる。JRバス阪本線は相変わらず老朽化しており、遊園地のアトラクションのように、揺れるたびにサスペンションのギギギという音が響かせながら五條─城戸間を行き来していた。

思った以上に橋や隧道の手前で一時停止のように速度を落とす。道路の脇の蔓草が窓ガラスにあたり、ビシュ、ビシュという音が聞こえてくる。城戸までは520円。城戸で降りて一休みしていると運転手さんが「どこ行くんですか?」と話しかけてきた。めずらしい客だと思ったのだろう。城戸駅には多くの連絡事項が張り出されていた。

まず7月20日より8月31日までの間、学校が休みのため日中のバス運行を休止していた。朝夕のみの運転である。また道路改修工事のために本数を制限する旨の貼り紙もあった。これは例の村営バスの運転により西吉野村が道路の整備を始めたのだろう。専用道路にもわずかながら新しい色違いのアスファルトが見えていた。さらに花火大会の2日間、道路事情のため16時35分発五條行きをもって以後の便を運休扱いにしている。息も絶え絶えの阪本線もここまでくると、秋まで何とか延命しているようにとしか感じられなくなってくる。

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1月 15, 2019
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