十津川街道

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十津川街道の地図





緑の壁

地図をみると新宮駅は、和歌山県と三重県との境に位置し、五條からは距離にして110キロほど離れている。国道168号線によって繋がれたこの両市間を、2002年現在奈良交通バスは毎日2~3本ほど特急新宮行きとして運行している。所要時間は5時間を越える。なぜそんなに時間がかかるのか。それは乗った後ですぐに分かった。市内を行き来する小型のワンマンバスとは違う、ややこの場には不釣り合いとも思われるハイデッキの観光バスに乗り込んで新宮へ向かった。

国道168号線は山地という山地を迂回し、川沿いのわずかな平地をを削って作られた道路である。センターラインのない単車線区間が多く残っており、上りと下りとで乗用車が交差する場合、そのどちらかが手前に設けられた待避所で通り過ぎるのを待っている。時にはどちらかがギアをバックにいれて広い二車線分の場所まで移動して行かなければならない。新宮へ向かう大型の観光バスは対向車のために何度も停車し、そして遅れのために後ろにならんだ後続車に対しては運転手が窓から先にゆけとしきりに手を振って、追い抜かせていた。

道路の脇は断崖である。山崩れがあちこちで見られ、錆びた鉄の壁の向こう側でショベルドーザーが土砂をすくい、ただでも狭い道路を一方通行化していた。各地で道路改良工事が進められてはおり、峰に沿って腸のように蛇行する道路を直線化するために橋梁や隧道の建設が随所で行われていた。しかし、それらを一通り見渡しながら全体的に整備は行き届いていないという思いを抱かずにはいられなかった。工事に必要な資材を運ぶのにも時間がかかり、建設の大型車が出入りするのにもできない。その工事の難解さは、建設に対しては全く素人にも分かりやすいくらい目に映った。そしてふと、五新線の工事の様子を想像し、当時困難を極めた鉄道敷設作業が目の前にある国道工事から浮かび上がってくるのだった。人びとはどんな思いでこの地に鉄道をとおしたかったのだろうか。強靭ともいえる緑の山々。その山をしかたなく迂回しながら進んでゆくバスからは青い空は全くみえず、周囲は紀伊の山ばかりに圧倒される。圧倒的な自然を前にすると、逆に人は無力さを露わにさせられる。この地に鉄道を通せるものならやってみろと山は問いかけているようだった。

国道の途中、「星のくに」のセンチメンタルな看板を通り過ぎるころ、奥吉野発電所PR館の看板が見られた。関西電力の運営しているこのPR館は、奥吉野発電所や電気のことを地域住民に知ってもらうための展示物などが展示されているようだ。ちなみに関西電力の運転している発電所は、関西電力の中では3番目に建設された発電所である。上部ダムと下部ダムとの高低差が505メートルで、日本では大きなクラスという。発電所自体は168号線沿いにはない。しかし、五新線を歩いたときの発電所との関わりが、まだここでもつながったいるのだと思わずにはいられなかった。再び電源開発の名前が現れるのは十津川に入ってからである。十津川第一・第二水力発電所は、看板などで目につき、そして巨大な十津川水路橋の下をくぐる。この水路橋はダムで貯めた水を発電所に送るためにできたものだが、遊園地のアトラクションを思わせるような奇っ怪さであった。これら建設はいずれも高度経済成長が始める前の昭和34~35年前後。紀伊山地は水力発電と大きく結び付いている。

温泉地である十津川を抜けると和歌山県との境に入る。斜面はゆるやかになり、周囲の山々もなだらかになってくる。すでに周囲の緑色が薄くなってくるのを感じ始めていた。名前を変えた熊野川の流域幅は広く、河川敷ではオートキャンプを楽しむ数多くの家族連れでにぎわっていた。川に沿って潅漑設備を取り入れた田も広がり、ここでは山の斜面に建てられた家も目立たない。おだやかに流れる緑色の熊野川を眺めながら、西吉野村や十津川村との自然環境のありありとした違いを見せつけられた。

特急新宮行きバス
特急新宮行きバス
近鉄八木発、新宮駅行きのバス。十津川温泉に停車中。(撮影:2012年3月)

災害の後で

2012年3月、私は再び十津川に向かった。前回は、訪問という類いではなく単なる通過であった。じっくりと十津川を探索することもなかったので、一度丁寧に時間をかけて歩いてみたかった。

朝8時、あいにくの雨だったが五條バスセンターから十津川温泉行の路線バスに乗る。専用道経由ではなく、国道経由の奈良交通のバスだ。バスセンターから乗ろうとする際に役場の調査員と思われる方も一緒に乗ってきた。バス利用に関するアンケートをとっていて、乗る人に声をかけている。私も両面刷りのA4藁半紙1枚と筆記用具を受け取った。質問項目には利用するバス停留所、利用目的・年齢層・性別などを記載する欄があり、快く協力する。

一緒に乗った乗客はお年寄りが1人のみだったが、次の五条駅からは若い人たちも大勢乗ってきて、車内は立ち乗りも出るくらいの混雑具合である。彼らは皆、県立五條病院前で一気に降りた。車内はまた回送バスのような状況となった。

梅林で有名な賀名生では梅は咲いているのだろうか。事前に何も調べていなかったが、特に咲いている様子もなかった。まだ早かったのだろう。道にピンクの幟が派手につけられていて、観光地であることを宣伝しているが、数名ほどが見に来ているに過ぎないようだった。国道上から五新線跡を眺める。専用道を走っている車はいない。専用道生子のバス停横に梅が一本だけあるのであるが、きれいに咲いているのがバスの車内から確認できた。10年前に専用道を探索していて、ここだけきれいに咲いていて、なんとなく写真を撮ったのだ。そのときの記憶が鮮明に蘇ってきた。

大日川を越え、いよいよ天辻に向かって山を登っていく頃、五條で降っていた雨は雪に変わってきた。窓ガラスがよりいっそう曇ってくる。周り景色には溶けきらなかった雪が草木に混じっている。低いエンジン音を上げながら山道を蛇行する。相変わらすの感覚である。コーナー沿いに「国道一六八号五條新宮間の抜本的道路改良整備を!」の看板があった。

阪本に着いたとき、右手に見える猿谷貯水池には流木が留まっており、2011年秋の記録的豪雨によるものと一目でわかった。しかし災害の爪痕はこんなものではなく、この先ずっとより強大な様子を実見することになるのだった。

崖の際にある道路から下を見ると、路肩もろとも今にも崩れそうな斜面。切り通しの道からは水が湧き出し、路肩に流れている。センターラインのない細い道には所々に牛の胃袋のように車よけの空間ができている。バスの運転手はその場所に定期的に停車し、後続の車らに道を譲っている。

10年前に十津川に向かった際、その道路の狭さと通行の不便さは身をもって感じた。しかしあれから多くの予算(表1)*1と労力をかけて道の様々な箇所にバイパスができており、対面通行が可能で、より短い時間で安全に通行することができるように改良されていた。

(表1) 主な十津川街道の延長と事業費
区間道路名 延長 全体事業費
十津川道路 6.0km 270億円
川津道路 3.2km 65億円
長殿道路 2.6km 110億円
辻堂バイパス 4.1km 207億円

  1. 国土交通省道路局 「個別道路事業の評価」より「新規事業採択時評価結果」ならび「再評価結果」から
造られる道路
造られる道路
(撮影:2012年3月15日)
猿谷貯水池
猿谷貯水池
阪本手前から猿谷貯水池を眺める 水がある区域には以前は家が建っていた (撮影:2012年3月15日)

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