阪本

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阪本の地図





天辻隧道

奈良交通のバスに乗り、国道168号線を南下して五新線の終点阪本へと向かう。宗川野の宗川橋梁をくぐり抜けてから、ずっと登坂車線が続く。エンジンが低い音を響かせ、バンク付きの急カーブに何度も身体を揺らされた。車内には自分の他に3人、そのうち2人は十津川温泉に観光に行くのであろう老年の夫婦であった。道の途中に2箇所、道路の改良整備を求める幟(のぼり)が立てられていた。1990年に五新鉄道期成同盟会は解散している。しかし、そこには国道168号線再開発推進委員会と書かれていたから、今でも形を変えつつも五新線の未使用路線を見直せという主張が続いているともいえよう。そこから地元の、鉄道が廃案となったことへの無念さを感じる。そしてまた、物流の主力は、電車ではなく自動車へと変化したことを認めざるをえない葛藤が、この国道の見直しという幟に現れているように思えるのである。

阪本の隧道へ行くには、昭和旅館前の阪本バス停を降り、来た道を少し戻る。大塔橋を渡り、左へカーブする道路の右側に天辻隧道の出口はある。出口の脇のコンクリートに「1972.3」という完工期日が記されていた。実際、この隧道が五新線最大の難所といってもいいだろう。これまで五條からずっと歩いて未成線を眺めてきたが、この区間だけは徒歩による観察はできなかった。天辻隧道は標高993メートルの乗鞍岳をくぐる、全長5,000メートル以上のトンネルである。1967年10月に着工され、1971年10月19日に貫通式を迎えているので、工事に丸4年をかけていたことになる。作業要員は9万5,000人、使用したセメントは1万2,000トン、鉄鋼は740万トン、ダイナマイトは149トンにおよんだ*1。着工した当時、すでに五條から城戸までは国鉄バスが運行されており、五新線が鉄道路線となる可能性は明らかに低かった。にもかかわず、これほど大量の物資を送りこみ、阪本まで隧道を通そうとした理由の源は何なのだろうか。


  1. 「奥吉野開発史 山に架けた人びとの足跡」市立五條文化博物館(1998年10月31日発行)
天辻隧道阪本側
天辻隧道阪本側
大塔コスモ研究所の入口(撮影:2001年3月)

大塔コスモ観測所

未成線が決定してから10年以上経過した1997年、天辻隧道の内部は全く別の目的で利用されることになる。大阪大学核物理研究センターが、天辻隧道内に大塔コスモ観測所を開設。これは現在の文部科学省の助成によるもので、「創造性豊かな世界の最先端の学術研究を推進する卓越した研究拠点の形成を促進することを目的とする」ための予算によって、1996年4月から建設が進められた。隧道内部は空気がきれいであることと、宇宙線や不純物からの雑音が少ないことなどをみても、世界的に理想的な観測所であるという。1997年4月30日、大塔コスモ観測所の開所式が催され、隧道の入口でテープカットをしたあと祝賀パーティーなどが行われた。未使用だった五新線の一部が再利用されたことの最初だった。しかしそれは、五新線そのものがもはや過去の遺物となったことを証明していると解釈せざるをえない。

隧道の正面まで近づくと、驚いたことに生暖かい風が吹き出してきた。これはとても意外なことである。他の隧道をたくさんみてまわり、その都度入口の前に立ってみたが、必ずといっていいほど冷たく悲しげな風が出てくるのだった。しかし天辻隧道は違う。無気味なくらい生暖かいのだ。監視カメラがこちら向きに設置されている。隧道の奥は下りの傾斜がついていることが確認でき、制限速度は30キロという注意書もあった。入口の脇には黒板があって、入場する際にはそこに磁石を貼り付けるようになっていた。3月に訪れたにも関わらず日付は5月26日(金)だった。5月26日が金曜日である年を調べたところ、2000年であることが確認できた。ちなみに記載されている黒板の5月26日の入場人数は、大阪から14人、車が6台。徳島、佐賀、東京からそれぞれ1人ずつ訪れているようだった。入口脇の看板には次のような文が書かれていた。

宇宙には謎の素粒子ニュートリノと見えない暗黒粒子が満ちている。それは宇宙の運命の鍵をにぎっている。ニュートリノと暗黒粒子は重さがあるのか? その正体は何か? トンネルの中央で、高感度検出器エレガント号により、ニュートリノと暗黒粒子の正体を探る

2008年に再びこの地で観測所を確認した際、入口はきれいに塗装がされており、進入口のフェンスもより背の高い頑丈なものに付け替えられていた。

五新線は阪本へ出たあと、どうするつもりだったのだろうか。エメラルドグリーンの熊野川を渡ったあと、直進するためには1,118メートルの唐笠山を越えなければならない。未だ新宮まで3分の1程度しかきていないのである。阪本バス停へ戻り、その後ろにそびえる山の高台に登って集落を眺めてみる。吹きあげてきたのは冷たく乾いた風だった。

観測所内部入口
観測所内部入口
入口(当然施錠されている)から見た隧道の内部(撮影:2008年10月4日)

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