阪巻・宗川野・立川渡

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坂巻・宗川野・立川渡の地図






阪巻

これより先の隧道は以前にもまして距離が長く、着手から竣工まで1年以上かけたものばかりである。坂巻に来る手前の城戸隧道は約3年の歳月をかけている。これほどの時間をかけて鉄道を敷設しようとした理由は何なのだろうか。自然と一体化し、戦時中の防空壕のような雰囲気を漂わせる隧道の入口からは、水の滴る音ばかりが聞こえる。山の水が滝のようにそばを流れ、その音ばかりが周囲に響くのだった。

1999(平成11)年8月に行われた「吉野魅惑探検フェスティバル」では、この阪本から城戸までの隧道の中を、子供たちを乗せたミニSLが走るという催し物があった。地元の五新線に対する想いは、まだ消えていないのかも知れない。

八坂隧道
八坂隧道
全長 218メートル 工期 1974.2.9─1975.7.20 撮影:2001年3月
阪巻隧道
阪巻隧道
全長 846.5メートル 工期 1974.2.9─1975.7.29 撮影:2001年3月

宗川野

ここから先の五新線跡は、大方どの地図にも載っておらず、途中でぷっつりと切れている。進路を予想しながらの実地調査となった。国道168号線沿いを歩き、隧道を抜ける。阪巻と宗川野との境に橋があり、そこに阪巻隧道の出口と八坂隧道の入口があった。周囲を鉄柵に囲まれ、立ち入り禁止になっているのだが、柵がこじあけられ、木が押し倒されて足場になっており、明らかに人の出入りした気配がある。五新線を見に来る人が他にもいるのだろうか。

八坂隧道出口から西野隧道入口までは、宗川橋梁が国道を越える。この橋梁は五新線の間でもっとも規模が大きいものだろう。しかも1996(平成8)年に塗装をし直しており、鮮やかな朱色でみるからに現役として使えそうな橋梁だった。にもかかわらず何も使われていないのは、悲しみを通りすぎてただただ絶句するばかりである。実際に橋に上がり、西野隧道の手前まで歩いてみた。冷たい風と、ぐおおおおと低い重低音が獣のうめき声のように響いてくる。その場にいつまでも立っていられる勇気はなかった。。

宗川野橋梁
宗川野橋梁
位置 五條起点13K780M21 工期 1976.3.1─1976.5.31 塗装年月 1996.6 撮影:2001年3月
西野隧道
西野隧道
全長 572.30メートル 工期 1979.9.10─1980.11.25 撮影:2001年3月

立川渡

五條へ来てから数日をかけて五新線跡を見てまわった。道ゆく先々で地図を広げ、出来る限り自分の眼で路盤や隧道を確認してきたが、阪本までの道のりで見ることができなかったものもいくつかあった。その所在未確認地域が立川渡である。宗川野の橋梁から国道と県道に分岐、国道が西野へ行き、県道が立川渡へ行く。その県道沿いを歩いて西野隧道の出口と天辻隧道の入口を探した。正午に高台の上にある宗川野小学校の前を通った。スピーカーから放送委員会の生徒の声が聞こえ、次に音楽が流れてきた。

立川渡バス停から国道へでる道路を歩くこと30分、滝の水が流れるその向こうに天辻隧道の一部を見つけることができた。自然と一体化し、非常に分かりにくい。そして山の高低差のために、隧道の入口に近づいてゆくことすらできないのだ。この天辻隧道の入口がどこからつながっているのか。地図上である程度予想はできるものの、この眼で確認することができなかった。

天辻隧道
天辻隧道
(撮影:2001年3月)

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